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230型 セドリック / グロリアを中心に車両不具合相談を受け付けます。トラブル体験談やクルマ以外の書き込みもお気軽にどうぞ。
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本題の失速の件です。症状を拝見した感じでは、キャブの加速ポンプの燃料噴射が少ないか、噴射タイミングが遅いか、という推測ができます。 まずは確認方法として下記のように走ってどうか、です。 ※その前にMT車でしたっけ? ATだと少し症状が緩やかになるかもしれません。 完全暖機後、交通量の少ない(対向車、後続車がいない)道で、ギヤを3速か4速に入れたままアクセルを放してエンジンがアイドル状態で走行します。そこからアクセルをじわっと踏んだ時(普通に加速する感じでいいです。ただし半クラは使わずに)、失速して2〜3秒「ガコガコ」となってから加速するのであれば、可能性大です。正常でもアクセルを急に吹かせば前後衝動は起きますが、失速は無いです。 キャブはアクセルを踏み込んだ時、燃料が遅れて出て、空気だけが先に吸い込まれてしまいます。これは機構上やむを得ないのですが、これを補正するために「加速ポンプ」というのが付いています。構造は水鉄砲や、ポンプ式のシャンプーボトルなどと同じ。スロットルが開き方向に動いたときだけ、ガソリンがピューっと出ます。エンジンが停止状態でも確認できます。キャブ車はエンジン始動前に不必要にアクセルを煽ってはいけないのですが、理由はこれが作動してINマニの中がガソリンでビショビショになってしまうからです。 噴射ノズルが写っている画像を貼っておきます(別の用途の画像なので、少し見にくいです。ご了承ください)。一次側のチョークバルブの直下にあるUの字した細いパイプです。 正常な状態が分かっていないと難しいですが、アクセルをフルストロークで勢いよく出ます。全閉状態からホンの少し踏んだだけでも、プシュッと出てきます。この勢いが弱かったり、スロットルの動きからワンテンポ遅れて出るようだったら、NGです。こうなる原因は、一番がノズルの詰まり。次はポンプピストンのゴムパッキン不良(ヒビ割れなど)です。 ![]() 1cab_choke_bimetal.jpg/54KB |
電制ATに続き、ABSに動きが出ます。ABSはセドグロ230時代に出た後輪のみのタイプは330系とプレジデント250系(250⇒251⇒252)に採用され、確か252プレジは最後(1990年)までこの仕様だったと記憶しています。1987年にようやく4輪ABSがY31セドグロに採用、ようやく今でも通じるABSが登場します。ただし、ラインオプションなので、普及はそれほどではありません。標準装備化されて、保険金額にも絡んでくるようになるのは1990年代半ばから。 自己診断機能はもちろん装着されています。 1989年(平成元年)になると、いよいよ日産の電子制御システムの診断機(スキャンツール)である「CONSULT(コンサルト)」が登場。車両の運転席下部にある診断コネクタ(データリンクコネクタ=DLC)に接続することによって、車載のコントロールユニットと通信を行い、診断状態を表示させたり、認識状態を表示させることができるようになりました。 【代表的な機能(モード名)】 ・自己診断結果:自己診断結果の読み出し ・部品番号:アクセスしているコントロールユニットの部品番号表示 ・データモニタ:アクセスしているコントロールユニットが認識しているセンサ信号値、アクチュエータへの出力状態を連続的に表示 ・アクティブテスト:一時的にセンサ認識状態を変化させて挙動をチェックするモード。 例.水温センサの認識を一時的に上昇、下降をさせて電動ファンの挙動を確認する ・作業サポート(ワークサポート):部品交換や調整時等で電気的な作業を行うモード。 例.点火時期調整のための制御停止や、各種学習/学習値クリアなど ちなみに「CONSULT」という名称は「相談する」の英語からという意味もあるハズですが、実は「Computerized ON-board System UniversaL Tester」の大文字部分を取ったものです。ん〜、無理やり感・こじつけ感が否めません(笑) 多分ディーラーの方々は殆ど知らないと思います。極初期の時代の取説や技術文章程度しか記載はなかったと思います。ネットは良く調べると、日産自動車のHPの深いところで見つける事ができます。 CONSULTの登場で、故障診断は大きく変化しました。しかし、まだ故障診断のハードルはやや高く(多少は下がったが)、個人的な見解ですが、使うのはディーラー整備士の中でもリーダークラス。業務分担がハッキリしている店舗での車検整備班などは縁遠い存在だったと言えます。 CONSULT適用車種は1989年以降にマイナーチェンジorフルチェンジをした電子制御システム(当時はECCSエンジン、E-AT、ABS)を搭載したモデル。1990年代に入ると一部を除いてほぼ全モデルが何らかのシステムは適用されるようになります。一方で未対応のモデルも存在し、252プレジ、VY30/WY30セドグロバン、ワゴン、B122サニートラックは結局未対応のまま、プレジは1990年まで、セドグロバン/ワゴンは1999年、サニトラは1993年まで継続生産されました。 次回は1990年代前半の動きについて触れます。大袈裟ですがOBDの歴史のなかで一番大きな出来事が北米で起きます。 続く。 |
さてブレーキの件ですが、4輪ドラムは元々カックンが出やすい傾向があります。なぜなら低速時の効きが良すぎるから、とも言えます。 私が昔乗っていた130もその傾向がありました。走行キロも恐らく20万キロくらい走っていた個体だと思います。ドラムの偏摩耗が主原因と思われる片効きがありました。調整でお茶を濁していた感じです。売却直後にディスクブレーキ化されてしまったので、あまり手を掛けなくて良かったのかもしれません。 隙間調整時、詰めながらタイヤを回した時、シュー(ライニング)が当たらない領域と、当たる領域が出るのはどの車両もあります。しかしこの差が激しくなると、片効きやカックンが起きやすくなります。判断はちょっと難しいかもしれませんが例えば、当たる領域は手でタイヤが回せなくなる(=ロック)寸前まで詰めたのに、それを過ぎると全く当たらない領域がある、とか。 対応策としては �@ドラム内面の研磨 �Aシュー交換 を同時にやるのがベストかな、と思います。ホイールシリンダはあまり関係ないです。シリンダはオイル漏れだけ気にしてください。 ドラム研磨はネットで「ブレーキ ドラム 研磨」でググるといろいろ出てきます。シューの調達は特に新品を探さなくても、ブレーキ屋さんに外した現品を持ち込めばライニングの張替えをやってくれます。 |
ブルUのEGIからNAPS、ECCSとエンジニアの熱意の軌跡ですね。排ガス時代はシステムのネーミングも競いあってる感じでちょっと笑っちゃうところもありますが。TTCC、DECSL、MCAJET、SEECT、CVCC....ユーザーからしたら、なんのこっちゃですね。 で、またまた、ご相談です。330バンのカックンブレーキです。教えて頂いたZのマスターバックがついているので、効き味が強めなのは、慣れてきたのですが、歩くくらいの極低速で、例えば、横からの歩行者に気づいて、ちょっと強めに踏むと、ガンッという感じでカックンになります。最初はマスターバックの影響かと諦めてましたが、最近は、必ずしもそのせいではないのでは?と感じています。ちなみに隙間調整はやっています。ただ、走行中のブレーキで、ときどき左に片効きあります。ドラムの研磨とかやってみようか、ライニング替えた方がよいのか、シリンダーのOHか、などなど。手の付け所がわからず。そのあたり、ながたさんの130の効き味はどうでしたでしょうか。よろしくお願いいたします。 |
1982年、ECCSは早くも次世代型が登場、採用車種は430とS130、数か月遅れてプレジ252。クランク角センサがデスビ内蔵となりました。ディスキャップも大型になったのが一目でわかります。後年、「デカデスビ」などのあだ名がつけられたタイプ。このスタイルは6気筒のVG、RB、TB型、4気筒はCA、CG、SR型などの各エンジンに採用され、低圧電子配電方式(デスビが無くなり、プラグ直上に点火コイルが付く方式)に代わるまで続きます。 そして、ようやく自己診断機能が追加されました。 エンジン制御に重要なセンサ類の信号に異常が発生した場合、ECCSコントロールユニットが異常を検出、エンジン警告灯点灯と共に故障コードを保存します。 これを車載式自己診断(On-board diagnostics:OBD)と呼びます。日本国内で「オービーディー」という言葉はまだ無いに近く、日産では「自己診断」、トヨタでは「ダイアグ」という程度。国内で「OBD」と言われるようになるのは21世紀になってからなので、詳しくは後程触れたいと思います。 黎明期の自己診断は12項目。主にセンサやスイッチの信号電圧の高すぎ、低すぎ、無信号の診断で主に断線/短絡(混触)状態を検出することができます。この中でとても助かるのはクランク角センサの歯欠け診断。クランク角で1度信号、120度信号はパルス信号としてコントロールユニットに入力されますが、ひと山足りないだけでNG検出してくれる、というものです。サーキットテスタでは無理な話なので、ありがたい機能でした。 ただし、基本的に電圧の高すぎ/低すぎの診断がメイン。つまり断線/短絡診断がメインで、エアフロや触媒の機能不全検出はかなり後になるまで診断項目にはありませんでした。 自己診断コードは2桁で読み出しはコントロールユニット側面に2つあるLED(赤/緑)の点滅回数です。例えば赤1回点滅で10の位が「1」、緑3回点滅で1の位は「3」、合わせて「13」⇒水温センサ回路(配線含む)の断線または短絡という診断となります(添付画像)。 また、この時代になると排ガス規制はひと段落して、変化が無かったATが進化。1980〜82年頃に掛けてロックアップ機構の追加とオーバードライブ付き4速が登場します。 完全な電子制御ATは1984年登場のRE4R01A型。C32ローレルに積まれたのが最初だったと記憶しています。 こちらも自己診断機能付きで、アクセル操作やシフト操作で自己診断モードに切り替えて、ODインジケータが点滅でコードを読む、だったような。すみません、あまり覚えていません。。。 次回は1980年代後半、昭和も終わりの頃です。 続く。 ![]() 1727353284.jpg/99KB |
日産2級整備士でもらえたのですね。今の2級は特別なものは無いです。私の時は日産1級を取ると専用のちょっと高級そうな(?)帽子が貰えました。 さて、ポンプのそのシャフトは重症です。主原因はベアリングの破損と見てよさそうです。オイルシールのリップ部が当たるところに虫食いや傷があるとオイル漏れしてしまいます。 肉盛り修正で行けるといいですね。ダメならまたは同じメーカー(カヤバ?)の中古ポンプと「ニコイチ」or完全交換(これなら本体がブルーの自動車機器製でもOK)も検討されたほうがよいと思います。続報をお待ちしております。 |
懐かしい話が出てきましたね。 自分は昭和51年に日産ディーラー入社しましたのでちょうど51年規制の頃でした。610・710・S30と扱う車種すべてにNAPSエンブレムが付いていたころです。 そして先輩のツナギの背中には日産サービスの下側に「NAPSドクター」の文字が誇らしげに付いていましたね。そして自分も”日産2級免許”を取得し背中に憧れの「NAPSドクター」の文字が入ったツナギを着ていました。 そして入社したころの初めての愛車がKP610の1800SSS-Eでした。 話が横道にそれてしまいましたがパワステポンプの途中報告です。プーリ側からシャフトを外していきましたが、まずアウターBrg が完全に崩壊していました。それに伴いO/Sのリップも欠損していました。アウターBrgについてはインナーレースがシャフトに固着してしまって、プーラ、油圧プレスを使っても外せずバーナーで真っ赤になるまで炙りやっとのことで外しましたがシャフト部がバリが出たりと荒れてしまいましたので友人の機械加工屋に頼みバリ取りをしてもらいましたが、逆に削れたところがあり、Brg(IN・OUT)O/S共新品を組みましたが、オイル漏れは止まりきりませんでした。 再度、アウターBrgとO/Sの当たり面を肉盛りし35mmで削り出し取り付けてみようと思います。 ![]() IMG_9833-1.jpg/136KB |
1975年(昭和50年)から始まった本格的な排ガス規制。パワーが無くなったり燃費が悪くなったり、いろいろ課題を抱えつつも規制適合車をリリースし始めます。 日産車の場合、排ガス規制自体は主にEGR(Exhaust Gas Recirculation=排ガス再循環装置)や触媒コンバータ(排気ガスの後処理装置)を追加することでクリアします。この時、日産の排ガス浄化システムの総称をNAPS(Nissan Anti Pollution System):ナップスと呼ぶことになりました。当時のモデルには「NAPS」のエンブレムが取り付けられます。 厳密にいえば現行車でもNAPSになるのですけど、1980年代に入るとエンブレムは廃止、技術文章に若干出る程度、そのうち全く出てこなくなって現在に至ります。 初期のNAPS車は動力性能が悪化してしまったことから、「NAPS」という呼称が排ガス規制で非力になったクルマの代名詞となって、悪いイメージがついてしまいました。 タイミング的にはこの昭和50年排ガス規制とほぼ同時かちょっと遅れてEGI(Electronic Gasoline Injection)化されたエンジンが大型車からラインナップに加わるようになります。250プレジデント用のY44E、セドグロ330用のL20Eなど。キャブ車に比べ、燃料制御が正確で動力性能低下もかなり食い止められました。でも大型車の高いグレードのみ。これは仕方ないかもしれません。徐々に採用モデルが増えて行きます。 一方、不具合発生時はやはり整備スタッフには高難度で故障診断できない(特定のスタッフしかできない)状態が続きますが、メーカーサイドがスタッフの教育やツールの開発等を行い、サービス体制強化をサポート。 この頃、EGIシステムを含めたNAPS関係のメーカー教育を受け、認定された整備スタッフは「NAPSドクター」と呼ばれていたと聞いています。この認定スタッフが現場での故障診断にあたっていたそう。専用のユニフォーム(背中に「NAPS DOCTOR」と書かれたツナギ)を着ていて、他のスタッフとは違いが一目で判ったそうです。私も聞いた話だけでツナギは見たことはありませんけど。。。 1979年になると、EGIが進化します。燃料噴射制御のみ電制だったのが、点火制御、アイドル回転数制御等も電制化した電子式エンジン集中制御システム「ECCS(Electronic Concentrated engine Control System):エックス」が登場、430やS130のL28Eに採用されます。 このシステムは進化しながら今でも採用されている電制エンジンの完成版と言えます。 ちなみにECCSの読みは「エックス」で当時の資料にもカナでルビが振られていたものですが、今はそう呼ぶ人もいないみたい。私の世代から見た先輩方は全員「エックス」でしたが、すぐ下の世代から聞かれなくなったような気がします。 「ECCS」の文字だけは今でもパーツカタログで見かける事があるので「イーシーシーエス」と呼ぶ方が若干居る程度で、「いにしえ」の名称になっているようです。 続く。 |
自動車の電制の歴史は1960年代末頃からスタートし、日産車では1970年代初頭に3システムが実用化されます。 ・エンジン(燃料制御)⇒610ブルU-SSS 電子燃料噴射装置(EGI)L18E型 (1971年) ・AT(変速制御)⇒230セドグロ 2600GX ニッサンEマチック E3N71B型(1972年) ・ABS⇒230セドグロ 2600GX 電子制御アンチロック(E.A.L)※後輪のみ (1972年) 当時、やはり不具合時はディーラーも自社工場では故障診断ができず、メーカー送りが常態化していたそうです。これは無理もないです。電制自体が理解されていないので、原因絞り込みも電制系統/メカ系統の切り分けからできなかったと思われます。 またAT、ABSはメーカーオプションだったので搭載車は多くはありませんでした。 時代的に排ガス規制が深刻化していきます。各自動車メーカーはこれを乗り切るために大半のエネルギーをこちらに使うようになると、AT、ABSの開発は一旦ほぼストップ、塩漬けになってしまいます。次世代仕様ができて普及し始めるのは、この10年後くらい。 一方で排ガス規制対応と運転性を両立させる切り札として電子燃料噴射装置は改良が続けられて拡大採用が1975年から始まります。 続く。 |