ホーム >ウンチク資料集 > 06. 使用過程車(排ガス未対策車)の排ガス対策
国内での本格的な排出ガス規制は昭和48年(1973年)から開始されました(昭和48年排出ガス規制)。ココではそれ以前に製造された車両、いわゆる「使用過程車」に対する排ガス対策をご紹介します。
昭和40年代、光化学スモッグが深刻化し始めました。発生原因は、主に自動車などから排出される炭化水素と窒素酸化物と言われ、低減対策が必要となりました。しかし、新型車からの対応では効果が出るまで時間がかります。そこで旧型車についても対策を行うのが本規制です。
当時の運輸省は、運輸技術審議会自動車部会から「使用過程車に対する自動車排出ガス対策について」の答申を受け、昭和48年1月8日付けにて保安基準の一部を改正しました。
保安基準改正の大綱
【目的】
ガソリン、LPGを燃料とする使用過程車に対し、炭化水素(HC)と窒素酸化物(NOx)の排出量を低減させるものです。
【対策1】 (暫定措置)
点火時期を3度遅角させて、HCとNOxを低減させます。
- 適用車種
- 下記「対策2」の対象車で、恒久措置が完了するまでの間(暫定措置)
- 軽自動車
- 昭和42年12月末以前に登録されたガソリンまたはLPGエンジンを搭載した全車
- 適用時期
昭和48年4月末までに完了すること
【対策2】 (恒久措置)
新たに「点火時期制御方式」か「触媒反応方式」の装置の追加取り付けが義務付けになりました。これはメーカが選択できたようで、日産の場合は前者の「点火時期制御方式」が選択されました。バキュームモジュレータと言う部品をバキューム進角装置に組み込むことにより、真空進角特性を遅い側にずらします。
- 対象車種
昭和43年(1968年)1月1日以降に登録したガソリンまたはLPG車。ただし軽自動車と、昭和48年排出ガス対策適合車以降は除きます。
- 適用時期
昭和48年5月1日から、排気量の大きい順(1800cc超の車両から)、大都市から地方へと段階的に適用していき、昭和50年3月末をもって完了となりました。
【対策済み車の識別】
ステッカの貼付が義務付けです。貼付場所は助手席の三角窓またはこれに相当する場所が指定です。ステッカの詳細は後述します。対策1か2によってステッカは異なります。
恒久措置も暫定措置も点火時期を遅らせる、と言う措置です。点火時期を遅らせるとどうなるのでしょうか?
点火時期を遅らせると燃焼状態が変化し、以下の2点が改善できます。
ここだけ見ると、なぜ最初に考えていなかったのか?と思ってしまいます。これはエンジンの性能を考える上では欠点になるからです。具体的には以下の項目が挙げられます。
排ガスと出力性能は相反するものが一部あるのです。つまり、燃焼効率を上げると排ガス性能が悪化する項目があります。一酸化炭素(CO)は完全燃焼させればどんどん減りますが、完全燃焼すれば燃焼温度が上がりNOxが増えてしまう排ガス対策の難しさがココにあります。
昭和53年規制前後で採用され始めた三元触媒の登場で、限界があるエンジン改良以外の手段でCO&HC&NOxを同時に大幅削減することができました。しかし、これが開発される前の昭和40年代では、点火時期を少し遅角させると言う妥協策で乗り切ろうとしたようです。
この対策により排ガスは次のように変化します。
COの増加を考慮すると、イニシャル点火時期を弄るならクランク角で3度遅角が限度なのでしょう。
「対策2」実施までの暫定措置です。「対策2」は部品装着を伴うので、対策完了まで時間がかかるからだと思います。それほど切羽詰まったものだったと推測できます。
「対策2」実施対象外車両の場合は、事実上これが恒久措置になります。
【作業内容】
イニシャルの点火時期を3度遅角させる。
車両・グレード・仕様 | 標準(調整前) | 調整後 |
最終型130スペシャル6(SUキャブ・MT・ハイオク仕様) 230GX(SUキャブ・MT・ハイオク仕様) |
17°/550rpm | 14°/550rpm |
前期130スペシャル6(SUキャブ・MT・レギュラ仕様) | 12°/550rpm | 9°/550rpm |
最終型130スペシャル6(シングルキャブ・MT・レギュラ仕様) 230GL(シングルキャブ・MT・レギュラ仕様) |
10°/550rpm | 7°/550rpm |
230GL(シングルキャブ・AT・レギュラ仕様) | 10°/650rpm | 7°/650rpm |
HA30スーパーDX(4バレルキャブ・MT・レギュラ仕様) | 10°/600rpm | 7°/600rpm |
日産車の場合は、「バキュームモジュレータ式」を採用しました(下図)。バキューム進角装置のバキュームホースの途中にバキュームモジュレータを割り込ませる手法です。バキュームモジュレータは負圧を僅かに逃がす(大気開放)作用をするので、バキューム進角特性を若干遅らせ気味に変化させます。バキュームモジュレータにはオリフィスが2箇所あり、図中の「Aオリフィス」は0.55mm、「Bオリフィス」はエンジンにより、0.55mm、0.60mm、0.70mmの3種類の設定がありました。
適用エンジン | Y40, H30, L26, L24, L20, J20, A12, A10, P, J16, J15, |
G7, J15(1972年2月以前) |
S20, G20, G18, G16, G15, G1 |
L18, L16, L14, L13 | H20, R, J |
モジュレータキット部番* | 22105-89925 | 22105-89926 | 21005-89927 | 22105-89928 | 22105-89929 |
モジュレータ単品部番 | 22105-E3006 | 22105-E3005 | 22105-E3007 | ||
Bオリフィス径 [mm] | 0.6 | 0.55 | 0.7 | ||
運輸省排出ガス減少装置指定番号 | 自公I-020 | 自公I-019 | 自公I-021 |
*: キット内容はモジュレータ本体、ブラケット、バキュームホース、クランプ2個になります。
【作業内容】
上記の手順は対策実施に関するものですが、その後の対応例を以下に挙げます。
【事例1. 対策2実施車でデスビを交換した その1】
デスビ故障等で少し違うタイプの中古品に交換した場合、もしそのデスビが昭和48年排ガス対策以降の仕様であれば、バキュームモジュレータは撤去します。そしてバキュームホースはキャブ〜デスビ間を直結状態にします。
これは48年規制以降のバキューム進角装置は、あらかじめ進角特性を少し遅めにしているためです。これを無視してバキュームモジュレータを装着したままにしていると、点火時期が遅すぎて出力不足・燃費不良・CO増加などの弊害が発生します。
【事例2. 対策2実施車でデスビを交換した その2】
デスビ故障等で少し違うタイプの中古品に交換する際、元のバキューム進角装置がまだ生きている場合は、これを組み替えます。デスビ交換時は「事例1」か「2」のどちらかになりますが、こちらの方法は「バキュームモジュレータを撤去したくない」と言う方向きです。まぁ、好みの問題ですね(笑)
【事例3. バキュームモジュレータが故障した】
ケースが破損した、大量のバキュームを吸うようになった、オリフィスが詰まった等でバキュームモジュレータ交換が妥当と判断した時は・・・
現在は製廃になっています。日産に供給可否調査依頼を出せば作って貰えるかもしれません(保証は出来ません)。製廃部品の供給可否調査依頼についてはコチラを参照下さい。
もし入手不可の場合は以下のいずれかの方法で対応します。
- 本体修理を検討します。補修や内部清掃等の修理を考えるのです。
- 「事例1」で述べたような48年対策以降のデスビまたはバキューム進角装置を移植します。
- バキュームモジュレータの中古品を入手して交換します。注意点としてはオリフィス径により3タイプあるので、同じものを入手します。オリフィス径と適用エンジンの関係は上の表を参照下さい。
- とりあえずバキュームモジュレータは撤去して直結にします。とりあえずはこれで運転には差し支えありませんが、環境破壊の観点から好ましくはない(しかも法規違反)ので、「事例1」または中古モジュレータへの交換を検討します。
【事例4. 助手席ドアガラスのステッカを「剥がせ」と言われた】
車検時に陸運支局の検査官や、指定工場の検査員から指摘されるケースがあると聞いたことがあります。運転席や助手席のドアガラスには運行の妨げとなるようなステッカの貼付を禁止しています。しかし、「点火時期調整」や「排出ガス対策済」と書かれたステッカは、普通のステッカとは異なり、当時の運輸省からの通達で貼付が義務付けられています。たとえば
- 運輸省から三角窓かそれ相当の場所に貼付するように指定されている
- ステッカ裏面には「運輸省令の規定に基づく表示」と記載されている
- 自工会が発行していて、一連番号で管理されている
と言う扱いです。したがってステッカ類貼付禁止の指定除外となっているハズです。貼付位置は異なりますがリコールステッカなどと似たようなモノ。リンク先のPDF資料は1973年に日産自動車から発行された指導書です。これを読んでもステッカは貼付義務付けとなっていたことがわかります。
指摘する検査官は勉強不足なだけです。保安基準によりステッカ貼付を指定されていることを説明しましょう。
【事例5. 昭和42年式以前の車両の点火時期調整】
本ページの「1.規制概要」の「対策1」でも書いた通り、登録年月が昭和42年(1967年)12月末以前のガソリンまたはLPGエンジン車の点火時期は、製造当時のメーカ指定の点火時期より3度遅角させる事になっています。これは今でも適用です。整備要領書に記載された点火時期よりも、3度遅くしないと法規違反です。元の点火時期にしている車両も結構います。今では本規制を知っている人はプロアマ問わず殆どいませんので、注意が必要です。
【事例6. 48年規制車なのにバキュームモジュレータを付けるように指導された】
あまり聞きませんが、私はあります(笑) 「キャブとデスビを繋ぐバキュームホースの途中に排ガス対策のグリーンの部品は必ずつけて下さいね」と。
これは不要です。「事例1」でも述べた通り、48年規制は新車時からバキュームモジュレータを付けなくても同じ特性となるように設定変更されているので不要です。
国内マスキー法と呼ばれる昭和50年〜53年排出ガス規制に至るまでの1stステップとして実施されたこれらの措置も、実施から35年以上が経過しました。詳細情報も風化しつつあります。排ガス対策ステッカーも、無知な検査官が車検の時に剥がすよう指導も受けることがあるようです。またバキュームモジュレータに関する記述もネットにはイマイチありませんでしたので、今回作成してみました。